ボード線図の理論を学んだけど、実用上どう使えばいいのかいまいち分からないなぁ…
このページではそんなモヤモヤを解消するために、実用上知っておくと有用な考え方・使い方について解説します。
大前提:どのシステムを見ているのかを把握する
ボード線図は、システムの周波数特性を表すものでした。よって、「今どのシステムの周波数特性を見ているのか」を把握しておくことは非常に重要です。言い換えると「どの信号からどの信号までの周波数特性を見ているのか」ですね。
ボード線図(周波数特性)を扱うときによく使われる対象は、以下の3つです。それぞれのイメージをしっかり把握しておきましょう。
閉ループシステム
フィードバック制御システムの制御特性を把握したいときには、閉ループシステム(閉ループ伝達関数)のボード線図を確認します。
入力は「こう動かしたい」という目標値$r$、出力は実際のシステムの動き$y$ですね。
開ループシステム
フィードバック制御システムの開ループ特性や、フィードフォワード制御システムの特性を把握したいときには、開ループシステム(開ループ伝達関数)のボード線図を確認します。
このページでは、フィードバック制御システムの開ループ伝達関数を対象に解説します。
これが使われるのは、「フィードバック制御システムを設計したいが、閉ループ伝達関数が複雑なので、よりシンプルな開ループ伝達関数を用いて設計する」という場面です(よくあります)。
入力は誤差$e$、出力は実際のシステムの動き$y$ですね。制御の最終目的は、閉ループシステムの場合と変わらず「出力$y$を目標値$r$に追従させる」ですので注意してください。
制御対象
制御対象そのものの特性を把握したいときには、制御対象のボード線図を確認します。当然ですね。
各周波数領域の具体的イメージ
それでは、ボード線図の実用上のコツについて、具体的に説明していきましょう。まずはボード線図の横軸である、周波数のイメージについて解説していきます。
ボード線図上で周波数を見る観点としては、主に下図の3つが挙げられます。
動作周波数の考え方
まず、ボード線図で最も注目すべきは、システムの主な動作周波数の領域です。すなわち「システムを動かす速さ」または「システムを動かしたい速さ」を示す領域ですね。
入出力信号の単位が同じ場合は、基本的にはこの周波数にて信号が減衰したり遅れたりする(つまりゲインが0dB以下になったり、位相が負になったりする)とシステムに悪影響を及ぼすと理解しておけばよいでしょう。
当然、動作周波数はシステムによって様々に変わります。
例えば機械システムの場合は、だいたい次のようにイメージしておけばよいでしょう。
- 動作の遅いシステム :0〜10Hzくらい(角周波数なら0~60rad/sくらい)
- そこそこ速いシステム:0〜100Hzくらい(角周波数なら0~600rad/sくらい)
- 超速いシステム :0〜1000Hzくらい(角周波数なら0~6000rad/sくらい)
Hzは「一秒間に何回振動するか」を表す単位ですので、そこから最大速度をイメージすればOKです。たとえば動作周波数が1000Hzの機械は、一秒間に1000回振動するくらいのスピードで動くわけなので、超速いですよね。
電気システムの場合は、取り扱う電気信号の周波数を考えればよいことになります。
低周波数の考え方
続いての観点は、動作周波数に対して周波数が低めの領域です。この領域では、システムをゆっくり動かす際の特性が示されます。
大抵のシステムではゆっくり動かすことも必要なので、低周波領域はシステムの動作周波数にまるごと含まれることがほとんどです。
ボード線図の左に行けば行くほど、周波数が小さい、つまり変化のない信号に対する特性をみていることになりますね。特に、変化を極限まで無くした周波数0は、システムの定常特性を表すことが知られています。
これはボード線図を用いてシステムを分析・設計する上で結構重要な観点なので、覚えておいてくださいね。
ここで、なぜ周波数0が定常特性を表すのかついて、詳しく説明しておきましょう(細かい説明が不要であれば、次の節まで飛ばしてもOKです)。
まずこちらのページにて、システムの定常特性は、ラプラス変換の最終値定理を用いて計算できることを説明しました。
$$最終値定理:\lim _{t\rightarrow \infty} g(t) = \lim _{s\rightarrow 0} s G(s)$$
$g(t)$はシステムの数式モデル、$G(s)$はそのラプラス変換(=伝達関数)です。「無限に時間がたった際のシステムの挙動は、伝達関数に$s$をかけて、$s \rightarrow 0$ と極限をとれば計算できる」というものでしたね。
また、こちらのページでは、$G(s)$に対して$s=\omega j$とした$G(\omega j)$が、システムの周波数特性を表す周波数伝達関数である、と説明しました。($j$は虚数単位、$\omega$は角周波数)
これらを統合すると、 $s \rightarrow 0$ と極限をとって定常特性を計算することは、周波数伝達関数にて $\omega \rightarrow 0$と極限をとることに等しくなりますね。よって、周波数特性において周波数0を考えることは、システムの定常特性を考えることに等しくなる、というわけです。
高周波数の考え方
次の観点は、 動作周波数に対して周波数が高めの領域です。これはさらに、「動作周波数の中で高周波な領域」と「動作周波数よりも高周波な領域」に分けられます。
右に行けば行くほど、変化の速い信号に対する特性を見ているわけですね。
動作周波数よりも速い信号は使わないから、その周波数の領域は見なくてもいいんじゃないの?
と思うかもしれませんが、動作周波数よりも高周波な領域も非常に重要です。その理由は、ノイズの存在です。
ノイズと周波数解析
ノイズとその種類
システムや信号を考える上で無視できないのが、ノイズです。
数式モデルは完璧ではないので、現実にはモデルにて考慮されていない余計な信号が必ず発生してしまいます。これがノイズですね。基本的に、全ての信号にはノイズが加わると考えたほうがよいでしょう。
ノイズの原因としては、電気信号ノイズやハードウェア構成の不備など、様々なものが挙げられます。
周波数の観点から見ると、ノイズはオフセット状のズレを生み出す低周波ノイズと、小刻みに暴れる高周波ノイズに分けられます。
基本時にノイズはごく少量なので、無視しても大きな悪影響にはならないことがほとんどです。ただしシステムの運転状態が悪かったり、数式モデルの精度が悪かったりすると、悪影響が無視できないほど大きくなってきます。
周波数解析におけるノイズの取り扱い
制御設計の観点では、たとえ入力信号に無視できない量のノイズが入っていたとしても制御性能を失わないことが大変重要となります。
よって、システムを周波数解析する際には、確実性を優先して入力信号の全周波数に少量のノイズが入っていることを想定する場合がほとんどです。
以上の理由により、システムのノイズに対する特性を見るためには、システムの動作周波数よりも高い周波数領域のボード線図も見る必要がある、となるわけですね。
ボード線図の理想形
以上のイメージを持ちながら、理想のボード線図について考えていきましょう。
冒頭に説明したとおり、「システムのどこに対するボード線図か」によって理想形は異なるため、それぞれについて順番に説明していきます。
閉ループシステムのボード線図の理想形
まず、閉ループシステムについて考えます。
これに対する理想的なボード線図は、次のような形となります。
入力と出力が一致してほしいので、ゲインは0dB(1倍)、位相は0°(遅れなし)となってほしいわけですね。
ただし、現実には無限に速い周波数まで追従することは困難であるため、実用上は次のような形を理想形として目指すことになります。
特定の周波数を境にボード線図が折れ曲がっていますね。折れ曲がる前の平らなエリアが動作周波数に含まれていれば、実用上は問題ないというわけです。
それより高い信号はカットされてしまうわけですが、動作周波数より高周波の信号はノイズであるため、むしろカットされて好都合ともいえます。
そういう意味では、カット性能を上げるために、折れ曲がった後のゲインはなるべく大きな傾きを持ったほうがよいとも言えるでしょう。(当然、カットされるので位相遅れも問題にはなりません)
なお、現実的には数式モデルには誤差が含まれるので、折れ曲がる周波数は、余裕を見て動作周波数よりも少し高め(右側)に設定することがほとんどです。
開ループシステムのボード線図の理想形
続いて、開ループシステムについて考えましょう。
これに対する理想的なボード線図をザックリと示すと、次のような形となります。
例えばこの開ループシステムを用いて閉ループシステムを構築したとき、その閉ループシステムのボード線図は次のようになります。
先ほどの閉ループシステムの理想形のような形を実現できていますね。特に、角周波数が$10^{-1}$以下の領域の特性は完璧なので、動作周波数がこの領域に含まれていれば全く問題なく制御できることが分かります。
そんな開ループシステムですが、その設計においては、ゲイン線図の形状が特に重要になってきます。以下、各周波数領域におけるゲイン線図の特性を詳しく見ていきましょう。
ゲイン交差周波数
ゲインが0dBをまたぐ周波数は、システムの特性を表す重要な指標となるため、ゲイン交差周波数という固有の名前がついています。
ゲインが0dB以下になると信号が減衰してしまうため、ゲイン交差周波数はシステムの動作周波数より高いことが望ましいと言えます。動作周波数内の信号が減衰してしまうと、応答性の低下を招いてしまいますからね。
また、安定性の観点から、ゲイン交差周波数におけるゲインの傾きは、なるべく小さいほうがよいとされています。これについて順番に説明していきましょう。
まず、開ループシステムのゲイン交差周波数では、位相が-180°より進めば進むほど位相余裕が大きくなる(システムの安定性が増す)ことが知られています。よって位相は-180°より上にあることが望ましいと言えます。
そしてボードの定理より、最小位相系(※)と呼ばれるシステムに対しては、ゲインの傾きが大きければ大きいほど位相が遅れる(下に行って位相余裕が減る)ことが知られています。
よって、これによる悪影響を抑えるために、ゲインの傾きをなるべく小さくしたい、となるわけですね。
低周波領域
続いて、低周波領域に着目しましょう。上で述べたとおり、低周波領域はシステムの定常特性に関係してくるのでした。
定常特性については、こちらの記事にて「フィードバック制御システムの定常特性は、開ループシステムのゲインが大きければ大きいほどよくなる(=誤差やノイズの影響が小さくなる)」ということを確認しました。
この知見をボード線図に適用すると、ボード線図の低周波領域では、ゲインが大きければ大きいほどシステムの定常特性が良くなると言えます。
高周波領域
最後に高周波領域です。
もしゲイン交差周波数をシステムの動作周波数より高く設定できていれば、ここは高周波ノイズの領域になるため、閉ループシステムの場合と同様にゲインを小さくしてカットしてしまうのが望ましいといえます。
カット性能を高めるために、ゲインの傾きが大きいほうがよいのも、閉ループシステムの場合と同様ですね。
また詳細は省略しますが、ゲインを小さくすると数式モデルの不確かさに対する安定性が向上することが知られています(※)。一般的に不確かさは高周波領域にて大きくなりがちなので、その観点からも高周波でゲインを小さくすることが望ましいといえます。
制御対象のボード線図の理想形
最後は、制御対象単体についてです。
項目を設けておいてアレですが、制御対象の理想のボード線図を考えることはあまりありません。
そもそも制御設計では、「制御対象は与えられたもので、それに対してどのように制御器を設計するか」を考えることがほとんどだからです。
よって、制御対象のボード線図は、制御対象のありのままの特性を確認するために使われます。そしてそれをベースに 「閉ループ・開ループシステムのボード線図をどう設計するか」 を検討するわけですね。
とはいえ、「制御しやすい制御対象」があるのも事実です。制御のしやすさは制御目的によって様々ですが、一般論としては、次の特性を持っているほうが制御しやすいといえるでしょう。
- 安定性が高い(安定余裕が大きい)ほうが、設計がしやすい
- 動作周波数やゲイン交差周波数が高いほうが、様々な制御目的に対応しやすい(より素早く動作できるため)
以上、ボード線図の実用上のコツと、理想のボード線図についての解説でした。
コメント